ホームに戻る

No.36

服部雄一郎の過怠・十


「雄一郎を、服部家の人間として恥ずかしくないよう鍛え直します。それを見てから二人を許すか許さないか、御沙汰をお決めになるわけには参りませんでしょうか」
 春の提案を聞いた少太郎は鼻で笑った。
「服部家の人間として鍛え直す? それはつまり雄蔵殿を服部家の家督を継ぐに相応しい男にするということですかな? 仮にそうなったとしても、雄蔵殿に家督を継がせられますかな? 出来ますまい。そんなおためごかしに私が納得するとでも思ったか。それこそ女の浅知恵と言うもの」
 少太郎の厳しい言葉に、春は二の句が継げなかった。
「私が服部家の家督を継ぐに相応しい人間になれば、私の過ちを許していただけるのでしょうか」
 代わりに雄一郎が言葉を続けた。
「ならば、私は……」
 少太郎は訝しげに雄一郎を見た。しかし先程とは異なり、雄一郎の顔には明らかに苦渋の色が滲んでいた。
(命や名誉を失うことよりも、父親に頭を下げて実家に出戻ることの方がこの男には苦痛らしい。苦しまぬ贖罪を与えてもなんの慰めにもならんが、これならば……)
「貴方、もう止してください」
 弓が雄一郎の答えを遮った。
「そんなことをして、後で痛い目を見るのは貴方なのですよ。それにさっきご自分でも仰ったでしょう、何をやっても結局は娘を失うことになるのだと」
 これまで気を失っているだけだった妻に、ぐうの音も出ない正論を吐かれて少太郎はがっくりと肩を落とした。
「帰りましょう貴方。春様、夫の度重なる無礼をどうかお許しくださいませ」
 深々と頭を下げて一礼すると、弓は少太郎を支えるように谷を後にした。残された者は皆一様におし黙って帰路についた。

 ひとつ山の麓に着くと、雄一郎は輝之と忍に厚く礼を言い、二人とはそこで別れた。そして三人は服部屋敷へ向かった。
 春は穂高のざんぎりになった頭を、縮緬の風呂敷で頭巾のように覆い隠した。黄八丈に頭巾の藤色がよく映えて、美しいと雄一郎は思った。
 村に入ると奇妙な三人組は否応無く村人の好奇の目に晒された。春が先立ち、その後について雄一郎と穂高が並んで歩く姿は、どう考えても訳ありな二人を春がしょっぴいているようにしか見えなかったので、家に着く頃には野次馬で人だかりが出来ていた。

 屋敷に着いて玄関に入ると、上がりに腰を掛けて待っていた陣蔵の顔がパッと明るくなった。しかし、穂高が頭巾代わりの風呂敷を取ると、うつむいて唇を噛んだ。

続く

No.36  伊賀隠レ里異聞小説本文