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No.30

服部雄一郎の過怠・四


「兄者……いえ、兄の肺病はとうの昔に治っています。今、兄の側に行っても、風邪の一つも貰えやしないでしょう」

 雄一郎をよく知る者の話が聞きたいと言って、忍者道場に自分を訪ねてきた穂高に、弟の服部陣蔵(じんぞう)は力強く答えた。兄の話を聞きにくる者はたまにいるが、その殆どは冷やかしだった。でも、この人は違うようだ。そう思った陣蔵は、母に聞いた雄一郎の生い立ちを、穂高に話しはじめた。

 雄一郎は元の名を雄蔵(ゆうぞう)と言い、陣蔵とは十一違いの異母兄だった。

 雄蔵の母・志乃(しの)は、雄蔵が三つの時に肺病を患い、夫の大蔵(だいぞう)が村外れのひとつ山に建てた屋敷に隔離された。伊賀の里で肺病は不治の病で、村に感染者が拡がるのを防ぐためには、それしか方法がなかったのだ。
 志乃は雄蔵が五つの時に亡くなった。しかし今度は雄蔵に肺病の兆候が現れた。大蔵はこの伊賀の里の長として、幼い雄蔵を独り、ひとつ山に住まわせざるを得なかった。
――この時、病に伏せった志乃や雄蔵の面倒を見ていたのが、後の服部(はる)である。雄蔵は、母と自分は捨てられたのだと父を恨んでいたが、春に対しては素直に好意を寄せていた――
 幸いにして雄蔵の病状は軽く、一年後には治癒に至った。だが、雄蔵は村に戻ることを拒んだ。父を思い出す「蔵」の文字を嫌い、雄一郎と名前を変え、以来ずっと独りでひとつ山に住んでいるのだった。
 志乃の三回忌が済むと、大蔵は春を後妻として迎えた。その五年後に陣蔵が生まれた。雄一郎は数え十二歳になっていた。歳の離れた弟を雄一郎はとても可愛がった。だが、かつての病への不安から、余り側へ近寄らせようとはしなかった。

「兄は確かに強情でへそ曲りですが、根は真面目で優しい男です。けれども、兄は父を許さず、村の者とも決して交じり合おうとはしません。それは、この里で生きながらにして死んでいるようなものです」
 陣蔵の言葉には兄への敬愛とその孤独を案ずる気持ちが感じられた。この人になら本音を話せると穂高は思った。
「私は、雄一郎さんに床親になってもらいたいと考えています。いえ、本当は……私、あの人と一緒になりたいんです」
 床親と聞いて陣蔵は首まで真赤になった。

 雄一郎のことで陣蔵と意気投合した穂高は、二人で策を練り、家名に拘る父親には服部家の名を、真面目な雄一郎には親の面目を出しにして床親の契約を結ばせようと企んだのだった。けれども、そんな浅はかな策略で得たものはなんだったろうか。愛する人と両親を欺いた結果がこの様だ。床親が床娘に未練がましく付きまとって揉めることも珍しくないのに、雄一郎は最後まで誠実だった。そして儀式が終わると情に溺れることなく自分を家に帰した。それだけに、結ばれてしまえば何とかなると考えた自分の浅ましさが恥ずかしく、惨めだった。
(私は間違っていた。例え一生結ばれなくても、真っ直ぐに想いを告げるべきだった。でももう遅い、両親は家名に泥を塗った私を許さないだろうし、雄一郎さんは床親の義理を守り通すため、二度と私の前に姿を現すことはないだろう。なにもかも終わりだわ……)
 絶望で目の前が真っ暗になった。

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