No.31
服部雄一郎の過怠・五
その頃、東海林輝之の妻、
忍
(
しのぶ
)
は村へ急いでいた。夫の友人がとんでもない失態を冒したので、服部家の奥方の春に取りなしを頼んでくるよう夫に命じられたのだ。しかし村人に気取られて騒ぎにならぬよう、あくまでも平静を装いつつ、慌てず静かに大至急という難しい要求だった。それでも忍びの女らしく素知らぬ顔で村に入ると、ちょっとお使いに参りましたとでもいう風に服部家の玄関に入り、御免くださいと声をかけた。やがて現れた春の姿を確認すると、忍はひれ伏して夫に受けた命を春に伝えた。
――夫の友人でもある、ご子息の服部雄一郎様が、新堂家の一人娘と床親の契約を結ばれたのですが、娘側からの床親指名が遠回しな求婚の申し込みだと知らなかったらしく、床入儀が済んだ娘を親元に帰してしまったので、親が家と娘を辱められたと激昂し仇討ちに乗り込んできました。夫からその意味を知らされた雄一郎様は、両家の面目を立てんがために切腹して責任を取ると仰るのですが、帰した娘が行方知れずになったと聞き、ひとまず娘を探しに行っております。夫は立会人として付き添いながら、即座にことが成されぬよう両者を見張っていますが、このままでは流血沙汰は必至と見て、私に春様にお取りなしを頼むようにと、そう申し使って参りました――
話を聞いた春は青ざめた。世間知らずの雄一郎が、いつか取り返しのつかない失敗をしでかすのではないかと常日頃から案じていたが、遂にそれが現実のものとなってしまった。とにかく、大事になる前に何とか収めねばならぬ。だがどうしたら良いものか……。
思案する春の背後から、話を盗み聞きしていた陣蔵が真っ青な顔で現れた。陣蔵は、兄と結ばれてほしくて新堂穂高に入知恵をしたのは自分だと白状した。子供のくせに小賢しい真似を、と腹を立てる春だったが、今はそれを咎めている時間はない。春は奥の部屋で手早く身支度を整え、忍の案内でひとつ山へ向かった。この伊賀の里で、家同士の揉め事から死者が出るようなことは決してあってはならぬ、何としても両者を止めなくては。春は足を速めた。
No.31
2015.5.3
伊賀隠レ里異聞
|
小説
|
本文
30
|
32
はじめに
1
伊賀隠レ里異聞
117
小説
21
本文
18
SHINOBINO LABO
22
キャラクター設定集
17
美術設定集
3
イラスト集
1
NIJI×NIJI
28
日高氏がやって来た!の巻
7
ヒトツヤマ・イン・トーキョー
1
なんかいろいろ
15
前世紀の遺物
2
風の音にぞ
2
邪鬼賀大戦
12
グリンの星
5
ハイスクール!
26
カスタムキャスト!
61
ムービー
21
サウンド
3
その頃、東海林輝之の妻、忍は村へ急いでいた。夫の友人がとんでもない失態を冒したので、服部家の奥方の春に取りなしを頼んでくるよう夫に命じられたのだ。しかし村人に気取られて騒ぎにならぬよう、あくまでも平静を装いつつ、慌てず静かに大至急という難しい要求だった。それでも忍びの女らしく素知らぬ顔で村に入ると、ちょっとお使いに参りましたとでもいう風に服部家の玄関に入り、御免くださいと声をかけた。やがて現れた春の姿を確認すると、忍はひれ伏して夫に受けた命を春に伝えた。
――夫の友人でもある、ご子息の服部雄一郎様が、新堂家の一人娘と床親の契約を結ばれたのですが、娘側からの床親指名が遠回しな求婚の申し込みだと知らなかったらしく、床入儀が済んだ娘を親元に帰してしまったので、親が家と娘を辱められたと激昂し仇討ちに乗り込んできました。夫からその意味を知らされた雄一郎様は、両家の面目を立てんがために切腹して責任を取ると仰るのですが、帰した娘が行方知れずになったと聞き、ひとまず娘を探しに行っております。夫は立会人として付き添いながら、即座にことが成されぬよう両者を見張っていますが、このままでは流血沙汰は必至と見て、私に春様にお取りなしを頼むようにと、そう申し使って参りました――
話を聞いた春は青ざめた。世間知らずの雄一郎が、いつか取り返しのつかない失敗をしでかすのではないかと常日頃から案じていたが、遂にそれが現実のものとなってしまった。とにかく、大事になる前に何とか収めねばならぬ。だがどうしたら良いものか……。
思案する春の背後から、話を盗み聞きしていた陣蔵が真っ青な顔で現れた。陣蔵は、兄と結ばれてほしくて新堂穂高に入知恵をしたのは自分だと白状した。子供のくせに小賢しい真似を、と腹を立てる春だったが、今はそれを咎めている時間はない。春は奥の部屋で手早く身支度を整え、忍の案内でひとつ山へ向かった。この伊賀の里で、家同士の揉め事から死者が出るようなことは決してあってはならぬ、何としても両者を止めなくては。春は足を速めた。