No.48
新堂夫妻の諧和(かいわ)
昼間、義理の弟から思わぬ告白を受けた新堂少太郎は、夜になってもまんじりともせず、布団の中で考えを巡らしていた。しかし、自分の理解の範疇を越えたことをいくら考えても答えは出ず、寝返りをうってはため息をつくばかりだった。半刻ほどそれを繰り返したあと、少太郎は自己解決の道を諦め、隣で息を潜めている女房に助けを求めることにした。
「よう」
「……」
「おい、もう寝たのか」
「……」
「まだ起きてんだろ?」
「……ん」
「お前、知ってたのか」
「……何をです?」
「……清士郎のことだよ」
(ああ、とうとう知れたのね……)
「ずうっと口止めされてたの。『先生に話したら死ぬ』って」
「……馬鹿野郎が」
「私言ったのよ、貴方と一緒になるとき、養子縁組して新堂の子になりなさいって。でも、あの子、頑として『嫌だ』って」
「そんなに俺の息子になるのが嫌だったのかよ」
「違うわ、私よ」
「?」
「私を母と呼びたくなかったのよ、あの子。貴方を独り占めされるようで我慢ならなかったのね」
「……分からねえ、俺にはさっぱり分からねえ」
そう言うと少太郎はごろりと横を向いた。
「間が悪かったんだわ。十五なんて微妙な歳じゃなくて、もう少し早くか、もっと大人になって落ち着いてから一緒になるんだった」
「今更そんなこと言っても遅ぇよ。そういうどうしようもねえことは言うな」
「そうね」
「……あいつ、俺のこと諦めてくれるかなあ」
「大丈夫よ、あの子の中では貴方は初めから父親なんだもの」
「そうなのか?」
少太郎は振り返って弓を見た。天井を向いたまま弓は続けた。
「あの子が物心つく前に父も母も亡くなってしまったでしょう。母親の代わりはなんとか私がこなしていたけど、父親というものをあの子は知らないのよ。だから貴方に求めているものも実は父親なのよ」
「じゃあ、お前、初めっからそのつもりで?」
「まさか。そんなこと考える余裕なんてあの頃なかったわ。私はただ、身体の弱かったあの子を丈夫にしたくて貴方の家を頼っただけ」
「そうか」
「そうよ」
少太郎は弓から天井に視線を移した。
「お前と一緒になって、すぐ穂高も生まれちまったしなあ……」
(やっぱりあいつには可哀想なことをしちまったのかもしれない)
その言葉を少太郎は飲み込んだ。
「でも良かった」
「何が」
「これでやっと胸のつかえが取れたわ」
心底ほっとしたように弓が言った。少太郎は舌打ちをした。
「冗談じゃねえ、男に告白なんかされて、こっちは石でも呑み込んだ気分だぜ」
「穂高や私が貴方を好きだと言うのと同じよ」
「馬鹿野郎、穂高と一緒にするない」
「一緒よ」
無邪気な笑顔でまとわりついてくる幼い穂高を思い出し、少太郎の頬が一寸緩んだ。
「待てよ、お前がそんなこと言うのを俺は聞いたことねえぞ」
「あら、そうかしら」
「止せよ揶揄うのは。俺ぁ今日は清士郎のことだけで一杯一杯なんだからよ」
ふふ……と弓が笑った。女房の笑い声を聞くのも随分久しぶりだった。
『姉上のことが好きだと言ったからーー』
昼間の清士郎の言葉が、つと思い出された。
(ああ、そうだったな。確かにそう言った)
「畜生、昔のことを思い出すなんざぁ、年寄りのすることだ」
「ん?」
「なんでもねえ、もう寝るぜ」
そう言って布団を被ると、少太郎は今度こそ眠りに就いた。
了
No.48
2015.6.16
伊賀隠レ里異聞
|
小説
|
本文
47
はじめに
1
伊賀隠レ里異聞
117
小説
21
本文
18
SHINOBINO LABO
22
キャラクター設定集
17
美術設定集
3
イラスト集
1
NIJI×NIJI
28
日高氏がやって来た!の巻
7
ヒトツヤマ・イン・トーキョー
1
なんかいろいろ
15
前世紀の遺物
2
風の音にぞ
2
邪鬼賀大戦
12
グリンの星
5
ハイスクール!
26
カスタムキャスト!
61
ムービー
21
サウンド
3
昼間、義理の弟から思わぬ告白を受けた新堂少太郎は、夜になってもまんじりともせず、布団の中で考えを巡らしていた。しかし、自分の理解の範疇を越えたことをいくら考えても答えは出ず、寝返りをうってはため息をつくばかりだった。半刻ほどそれを繰り返したあと、少太郎は自己解決の道を諦め、隣で息を潜めている女房に助けを求めることにした。
「よう」
「……」
「おい、もう寝たのか」
「……」
「まだ起きてんだろ?」
「……ん」
「お前、知ってたのか」
「……何をです?」
「……清士郎のことだよ」
(ああ、とうとう知れたのね……)
「ずうっと口止めされてたの。『先生に話したら死ぬ』って」
「……馬鹿野郎が」
「私言ったのよ、貴方と一緒になるとき、養子縁組して新堂の子になりなさいって。でも、あの子、頑として『嫌だ』って」
「そんなに俺の息子になるのが嫌だったのかよ」
「違うわ、私よ」
「?」
「私を母と呼びたくなかったのよ、あの子。貴方を独り占めされるようで我慢ならなかったのね」
「……分からねえ、俺にはさっぱり分からねえ」
そう言うと少太郎はごろりと横を向いた。
「間が悪かったんだわ。十五なんて微妙な歳じゃなくて、もう少し早くか、もっと大人になって落ち着いてから一緒になるんだった」
「今更そんなこと言っても遅ぇよ。そういうどうしようもねえことは言うな」
「そうね」
「……あいつ、俺のこと諦めてくれるかなあ」
「大丈夫よ、あの子の中では貴方は初めから父親なんだもの」
「そうなのか?」
少太郎は振り返って弓を見た。天井を向いたまま弓は続けた。
「あの子が物心つく前に父も母も亡くなってしまったでしょう。母親の代わりはなんとか私がこなしていたけど、父親というものをあの子は知らないのよ。だから貴方に求めているものも実は父親なのよ」
「じゃあ、お前、初めっからそのつもりで?」
「まさか。そんなこと考える余裕なんてあの頃なかったわ。私はただ、身体の弱かったあの子を丈夫にしたくて貴方の家を頼っただけ」
「そうか」
「そうよ」
少太郎は弓から天井に視線を移した。
「お前と一緒になって、すぐ穂高も生まれちまったしなあ……」
(やっぱりあいつには可哀想なことをしちまったのかもしれない)
その言葉を少太郎は飲み込んだ。
「でも良かった」
「何が」
「これでやっと胸のつかえが取れたわ」
心底ほっとしたように弓が言った。少太郎は舌打ちをした。
「冗談じゃねえ、男に告白なんかされて、こっちは石でも呑み込んだ気分だぜ」
「穂高や私が貴方を好きだと言うのと同じよ」
「馬鹿野郎、穂高と一緒にするない」
「一緒よ」
無邪気な笑顔でまとわりついてくる幼い穂高を思い出し、少太郎の頬が一寸緩んだ。
「待てよ、お前がそんなこと言うのを俺は聞いたことねえぞ」
「あら、そうかしら」
「止せよ揶揄うのは。俺ぁ今日は清士郎のことだけで一杯一杯なんだからよ」
ふふ……と弓が笑った。女房の笑い声を聞くのも随分久しぶりだった。
『姉上のことが好きだと言ったからーー』
昼間の清士郎の言葉が、つと思い出された。
(ああ、そうだったな。確かにそう言った)
「畜生、昔のことを思い出すなんざぁ、年寄りのすることだ」
「ん?」
「なんでもねえ、もう寝るぜ」
そう言って布団を被ると、少太郎は今度こそ眠りに就いた。
了