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No.43

新堂家の憂鬱・四


「俺が何をやっても穂高の両親に許してもらえるとは思えません。日頃の行いの報いでしょう」
 穂高は雄一郎の言葉遣いがいつの間にか丁寧になっていることに気づいた。
(そういえば私の両親に対してもこうだった。荒っぽく見えるけど、本当に根は真面目な人なのだわ……。どうしたらこの人の本当の姿を、父上や母上に分かってもらえるのかしら)
 愛する人が誤解されたまま憎まれる哀しみに、穂高の眼にまた涙が滲んだ。だがその涙を穂高はぐっと飲み込んだ。
(泣いている場合じゃないわ、感情に振り回されないようにしなければ駄目だと今、言われたばかりじゃないの。でも……)

 室内が重苦しい空気に包まれる中、陣蔵がおずおずと手を挙げた。
「父上、どうか俺……私にも、話をさせてください」
 大蔵は黙ってジロリと陣蔵を睨んだが、雄一郎が
「何か良い案があるのか」
 と話を繋いでくれたので、頬を紅潮させて陣蔵は答えた。
「兄者に忍者道場の先生になってもらうんじゃ! 村の皆は知らんじゃろうが、兄者は誰よりも忍術に長けとるし教えるのも上手い。俺は兄者から教わってるから、よく分かっとる。だから道場の先生をやれば、兄者が本当は凄いってことが皆にも分かると思うんじゃ!」
 興奮気味に話す陣蔵の案を、大蔵は一度は
「くだらん」
 と、切って捨てたが、思い直して
「だが、やってみるか」
 と答えた。陣蔵は、
(やるんなら文句言わなきゃいいのに)
 と口を尖らせたが、自分の案が認められたのが嬉しくてにやけるのを抑えられなかった。
(今度は誰も騙していないし、逆に皆に本当のことを教えるんだから、きっと上手くいくに違いないぞ)
 と、陣蔵は自信満々だった。だが、雄一郎は浮かない顔をしていた。
「どうした雄一郎、陣蔵の案は気に入らんか」
 と大蔵が問いかけたので、皆が雄一郎の顔をのぞき込んだ。
「いや、今の俺は選り好み出来る身分じゃない、有難く受けさせてもらいたいと思う。だが、二つばかり条件をつけさせてはくれないか」
「条件ってなんじゃ? 兄者」
 陣蔵は折角の名案にケチをつけられて不満そうな顔をした。穂高もこれは良い話だと思ったので、雄一郎は何が気に入らないのだろうと疑問に思った。雄一郎は逡巡していたが、納得したように頷くと顔を上げて
「まず、指南役は週に二日から。それから、俺はひとつ山から道場に通う。これが俺がこの話を受ける条件だ」
と言い放った。
「ええっ?」
 てっきり屋敷から通うものと思っていた陣蔵と穂高は揃って不満の声を上げ、赤くなってうつむいた。
「して、その訳は」
 大蔵が尋ねた。
「俺に本当に指南役が務まるかどうか、皆に見定めてもらいたい。週に二日から始めて問題なしと認められれば、後は五日でも七日でも構わん」
 納得いかない顔で陣蔵が聞いた。
「なんでわざわざ遠いひとつ山から通うんじゃ、ここからではいかんのか?」
 陣蔵は兄と一緒に暮らせるのを期待していたのだ。それは穂高も同じだった。
「これは、俺を穂高の両親に認めてもらうための修練だからだ。親元からのうのうと通うのでは駄目だ。それに……」
 穂高の方を向いて雄一郎は続けた。
「穂高の両親はお前に会えないのに、俺だけお前と一緒に住むわけにはいかん。だから、道場に出る日も稽古が終わったら山に帰る」
 雄一郎の決意が固いのを知って、穂高も覚悟を決めた。
(会えないのは辛い、だけど雄一郎さんを信じて私も修練に励もう。いつかきっと父も母も分かってくれる、いつかきっと……)
「でも、貴方の修練の進み具合を、一体誰がどう確かめるの?」
 春が疑問を投げかけると、皆は途方に暮れてしまった。

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